先日上海の将棋倒し事件について少しご紹介したが、その際少し気になったことがあった。それは、亡くなった方の人数である。事件の状況がもう少しわからないので、それが多いとか少ないとか言うつもりはない。ただ、発生当初の35人という数は、大規模な事故で頻出する数字と言われている。それより多いか少ないかで、上層部の責任の問われ方が異なるから、だそうだ。そういえば、「高鉄」(中国版新幹線)事故もあのように凄まじい惨状を見せながら、当初の死亡者が35人くらいだったな、などと思うと、なんだか猜疑心が生じてこないでもない。
さて、ちょっと重い話ばかりで申し訳ないので、今日は少しバカバカしい話をご紹介したいと思う。
今年の年末、中国で最も人気のドラマは、絶世の美女と言われる範冰冰(ファン・ピンピン)演じる「武媚娘」、すなわち則天武后のストーリーであった。
「あった」というと、ちょっと正しくない。このドラマ、聞けばなんと90回シリーズ、毎日放送しても3か月かかる、正に大河ドラマであり、現在も放送中である。
自分も滞在中楽しく拝見したが、まあ歴史考証はめちゃくちゃだし、言葉遣いは現代風だし、何より則天武后の超人ぶりは、かの反日ドラマの英雄なみである。もちろん、映像はきれいで、演じる人たちの表情やしぐさも魅力的で、何より主役が眩いばかりに美しいので、エンターテイメントとしては十分楽しめるのだが。
そんな人気ドラマなのであるが、ちょっと面白い余話があった。このドラマ、製作段階から既に注目を集め、多くの人がドラマのスタートを今や遅しと待ち焦がれていたそうである。ところが、16回目が終わったあと、突然の放送停止!
中国で突然変なことが起こっても、なんだか理由もわからずに(こういうことらしいとの噂が流れるが)そのままということも多い。が、今回は若い人を中心に怒りの声が巻き起こり、それに対応せざるを得なくなったためか、テレビ・ラジオを所管する行政機関の責任者から、本ドラマにはよろしくない部分の「アップ」が目立つため、という理由が示された(らしい)。
従来から、中国のドラマや映画は、お色気にかなり慎重である。かつてあるお笑い映画を見ていたら、男女が暗闇でベッドの中に消えた瞬間、映像がオリンピックの100m走に切り替わり、ベッドの中に消えたはずの男が中国代表として激走、9秒台の世界新記録!…と次の瞬間、再び画面は切り替わり、ベッドサイドでタバコを吸っている女性の姿。ベッドから男が首をだし、「悪いか!」と一言…お粗末でした…
ことほど左様に、そっち方面については奥ゆかしい(?)中国において、注目の大河ドラマのお色気と言っても、そのつつましやかなこと推して知るべし、である。確かに、当初は少し「寄り過ぎ」な「サービス・カット」が多かったようだが、まあその程度である。
そんなわけで、この的外れな理由はまたしてもネット上の憤怒を引き起こし、アメリカなど海外のそういったドラマが氾濫しているのになぜこの程度でダメなんだ!と叫ぶ声が上がることになった。
すると、またしてもお偉いさんがコメントを出した。曰く、統計によれば中国の女性の92%以上が貧乳であり、胸部を強調したこのドラマを見たら、多くの女性が悲観するだけでなく、そのような女性を妻に持つ男が不満を持ち、その結果家庭ひいては社会の広範囲に矛盾を生じさせるから、とのこと…
この統計がどうやってとられたのか、またなぜ放送を主管する機関がこのような情報を持っているのか、またそれが本当に「社会の広範囲の矛盾」を引き起こすのか、などなど、考えれば考えるほど首をかしげることばかり…当然、これもまた人々の罵倒と嘲笑を引き起こしたことは言うまでもない。
いずれにせよ、このドラマ、しばしの中断を経て、再び放送されるようになった。が、なんだか画面上、胸の部分が不自然にカットされている…そして、これも不自然に、顔ひいては頭部が画面を埋めているような…
この状況、ネット上の画像では一層顕著だそうで(4:3がさらに16:9になっているためか)、カットによっては頭の上のほうがすっぱり欠けてしまったりするとのことで、要求に応じてTV局が大急ぎで映像を処理したことが伺える。
これが世の若い男性を憤慨または消沈させたことは想像に難くないが、この話、考えてみるとちょっとおかしい。一般に、中国のドラマは、放送前に審査を経なければならないため、全作品の撮影を終えてから放送されると言われている。最近の事情、また本作品について具体的に知るわけではないが、いずれにしても、全国で注目される有名ドラマに、テレビ・ラジオ管理部門の審査が行われていないはずがない。
とすると、今さら誰がクレームをつけたのか?これについて、中国でまことしやかに語られているのは、具体的な指導者の奥さんの名前である。この人が不快感を示したため、行政機関(責任者)が慌てて対応し、TV局も急いで映像を再度編集して、要求に応じる映像に作り直した、というのだ。これも噂話に過ぎないのだが、このバカバカしいドタバタぶりを見ると、ひょっとすると…という気がしないでもない。
以上、最近話題のテーマを紹介してみた。多くの部分は断片的に伝え聞いたところであるが、それだけを見ても、今回の騒ぎは何ともバカバカしく滑稽なものであったことがわかる。とはいえ、面白きことは、やがて哀しいのが常。思うに、テレビ・ラジオ総局の官吏も、またTV局・製作会社のスタッフも、バカバカしいと思いつつ、大あわてかつ大まじめに、上からの要求に応じて必死で作業をしたのだろう。
ふと、あの新幹線事故の際、衆人環視の中で事故車両を無理やり埋めてしまおうとする映像が思い出された。誰かのバカバカしい命令は、当初「そんなバカな…」と思う人がいたとしても、幾層もの伝達を経て、命令に従わないリスクは否応なく増し、ついには慣性的な不感症によりかき消され、いつか何も考えず何も疑わずに、そのバカバカしいことを必死でやることになる。
思うに、ある目的や正義が絶対視されるところでは、それについて人は考えることをやめるものだ。それを考えること自体が不遜で冒涜であるだけでなく、実際問題として危険だからである。ただその目的や正義は往々にして抽象的であり、その範囲は不確かである。そのため、人々はますます多くのことを考えないようになり、バカバカしいこともバカバカしいと考えず、ひたすら必死で行うことになる。
それは外から見たとき、不思議で滑稽な光景をもたらすが、その内にはもう少し恐ろしいものが潜んでいる。それは恐らく、谷間のアップによりもたらされる悪影響よりもずっと危険であるように、自分には思われるのだが。
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